正信偈とは【成立から親鸞聖人の制作意図】

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正信偈とは、浄土真宗の法事やお葬式でよく読まれるお経です。漢字ばかりで長く感じるかもしれませんが、1つ1つ単語の意味を抑えていけば、とても分かりやすく端的にまとめられた漢文です。少し説明が長いところもありますが、とても大切なお言葉ですので意味を理解して、法事やお葬式の時に一緒にお経を読んでいただければと思います。

お坊さんがいつも「きみょ〜むりょ〜」って長いお経を読むけれど、何が書かれてあるの?
「正信偈」と言って2500年前のお釈迦様の話から現代に至るまでの話が、840文字にまとめられて説明されているよ。
2500年!?そりゃお経が長くなって、足がしびれるはずね

お経と正信偈の違い

そもそも正信偈って!?

正信偈とは親鸞聖人の著書の中に出てくる一節で、正式名称は「正信念仏偈」といいます。その内容は阿弥陀様の事、お釈迦様、そしてインド・中国・日本に仏教が伝わる中で、人々が仏教をどのように伝えられたかについて記されています。

一方お経とは、何でしょうか。

お経とは、仏説の経典のこと、つまり「お釈迦様が説かれた言葉が文字になったもの」を指します。2500年前、インドでお釈迦様誕生し、悟りを開かれて、たくさんの教えを残されました。やがて、その教えが文字に書き残され、経典が成立しました。ですので、お経とはお釈迦様の言葉になります。

当時は、紙に書いて残されることはありませんでした。なぜなら、紙でさえも諸行無常、一度火がついたら燃えて無くなってします。だから、お釈迦様の言葉を隣りて書き残していた人などいませんでした。やがてお釈迦様が亡くなった後、弟子たちが仏教の教えを残すために、口伝えではなく紙に書き残すことを始めました。なぜなら、たくさんの弟子たちがいましたが、中には正しく聞いていなかった、または聞き違いをしていたものや。お釈迦様が亡くなって異端なことを言う者がいたからです。

ですので、お釈迦様が45年間、インド中を教えを説き歩いて回りましたが、沢山の聞いた人たちによって、「私はお釈迦様からこのような話を聞きました」といった内容を、紙に書き残していきました。それが中国に渡り、漢字に翻訳されて、それが日本に伝わりました。これが経典の成立です。

ですので、お経とお釈迦様の言葉で、正信偈とは親鸞聖人の著書となります。そもそも違うものですが、親鸞聖人が「正信偈」の最後に残された言葉には、

ポイント

ただこの高僧方の説を信ずべし(唯可信斯高僧説)

私たちは、仏説の経典を見ることは出来ても意味を理解することは出来ません。読み解くことができない私たちは、たくさんの偉人が残された解説書を頼りにしか読み進められません。それは、お経を読めない私たちにお経を理解させようと、先人たちが残してくださったお書物なのです。お経の成立が、お釈迦様の言葉そのものだったので、お経を読むということは仏様の話を聞くということです。それは、つまり解説書を通してお釈迦様が説かれた阿弥陀仏の話を聞かせて頂くことに等しいことです。

「正信偈」が制作された理由には、親鸞聖人が自分が好き勝手に解釈して知識を見せびらかすためではありません。「ただこの高僧方の説を信じるべし」と高僧の解釈を頼りに、私たちにお経の内容が分かるように努力した840文字の大切なお言葉だったのです。

浄土真宗では、お経と等しくお聖教といって大切に読ませていただきます。

ポイント

お経=お釈迦様が説かれた言葉を文字にしたもの
正信偈=親鸞聖人が作られたもの

私たちは、お経を見ても理解できないから先人が残された解説書を頼りにしか読むことはできないから、それらの解説書や「正信偈」を聖典として大切に拝読する

正信偈の成立

今の形のようにお坊さんとご門徒が一緒に称えられるようになったのは、本願寺第8世蓮如上人の功績です。みなで称えやすい形として読まれるよう制定され、現在にも続いています。

もともと親鸞聖人は、日常で正信偈を口に称えて読経されていませんでした。親鸞聖人は、もっと読むのが難しい善導大師の『六時礼讃』を1日に6回お勤めされていました。現在でも本山本願寺では報恩講の時に読まれます。しかし、旋律が難しく一般の人々には非常に読みづらいものとなっています。

そこで8代蓮如上人が、私たちが日頃読経しやすいようにと、「正信偈」に「和讃」という、これまた親鸞聖人の著述を繰り読みすることを、推進されて今まで伝わってきました。

親鸞聖人は、仏教伝来の2500年の話を端的にまとめられて「正信偈」を制作されました。一方、蓮如上人はたくさんの人々が、仏教に触れやすいように読経しやすいようにと「正信偈」と「和讃」を用いて仏教を広められました。その両方に通じることは、「阿弥陀仏の救済」を心から喜ばれていたということです。親鸞聖人は、その教えに感動され正信偈を作り、蓮如上人は仏教を広めるために「正信念仏偈和讃」を用いて人々に勧められました。

この2人の功績があって初めて正信偈が成立し、広まったと言えます。また現代まで正信偈が伝わってきたのには理由があります。歴史と伝統を学び、親鸞聖人が1文字1文字に込められた阿弥陀様のおこころに触れていただき、毎日の読経がさらに意義深いものとなればど思います。

3段落構成の正信偈

「帰命無碍光如来 南無不可思議光」から最後の「唯可信斯高僧説」までの840文字が「正信偈」、正式には「正信念仏偈」といいます。

3つの段落によって構成されており、まず「帰命無碍光如来 南無不可思議光」の2句は「帰敬序」と呼ばれ、その内容は「阿弥陀様に我が身をお任します」と2度続けて宣言されています。

次に続く前半は「依経段」とは、阿弥陀様と2500年前にインドに実在したお釈迦様について説明されています。

後半の部分は「依釈段」と言われ、インド・中国・日本に仏教を正しく伝えた7人の僧侶(龍樹・天親・曇鸞・道綽・善導・源信・源空の7人の高僧)のことが書かれてあります。最後に出てきた源空とは法然のことで、親鸞聖人のお師匠さまです。

詳しく
正信偈の段落について

お経の途中から音程が変わるけど、意味があるの? 3つの段落から構成されているけれど、音程が変わるところは段落の節目じゃないんだ まぎらわしいところで音程が変わるんだね 正信偈は3つの段落で構成されてい ...

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