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正信偈の解説と現代語訳

正信偈に登場する七高僧の源信和尚はどんな人なのか

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源信和尚について説明します。親鸞聖人が記された「正信偈」の中に登場し、報化二土を明らかにし、天台宗の立場でありながら念仏を一番に勧められた方です。

源信の名前を知っていると、どうしても「後海」って聞こえちゃうんだよね
「源信広開一代教」のこうかいは、「後海」じゃなくて「広く開く」ですよ
知ってます

源信和尚について

正信偈の中で「源信広開一代教 偏帰安養勧一切」と述べられています。ここに源信和尚師の名前が登場し、その功績を讃嘆されています。

源信和尚は942年、現在の奈良県に生まれ、72歳で御往生されました。主な著書は『往生要集』で、他にも『阿弥陀経略記』、『念仏法語』があります。

幼少時代から信心深い母親に育てられました。やがて15歳の時に比叡山に登り、良源というお坊さんの元で学問と修行をされました。32歳の時には、その功績が認められ各地での講義に招かれ、宮中・公家社会の方とも関係が深くなりました。

源信和尚の転機

ある時、『法華経』のご講義で宮中に召された源信和尚は、帰り際にたくさんの品々を頂戴し、それを大和(現在の奈良県)の母親のもとに送りました。

しかし母親からの手紙には、

「たくさんに品を送ってくれて嬉しく、また良き学者になってくれたこともこの上ない喜びです。しかし、あなたが比叡山に登り出家させたのは、なにも偉い学者になって欲しかったからではありません。多武峰の増賀聖人のような尊い僧侶となって欲しかったからです。なにも宮中に出入りして、華やかな生活に身をおくことは私の本意ではありません。私も年老いましたので、どうか名声を離れた高徳の僧侶になったことを見届けてから死にたいと思います。」

と、このようなお手紙が『今昔物語集』には述べられています。

それより後、母親の仰せに従い山ごもりを始めて、名利・名声を離れた聖人になることを決められました。

63歳の時、長年の友だった僧侶の勧めにより、朝廷から権少僧都の任命を受けましたが1年半後には返上されています。地位や名誉に対して厳しく自己を律していかれた源信和尚の生涯がここに表されています。

地位や名誉を捨てて、学問と浄土の行にいそしまれた源信和尚は、76歳のときに阿弥陀仏の手から5色の紐を自分の手に結ばれて、念仏合掌して命を終えていかれました。

源信和尚の教え

源信和尚の名前の著書は数多く存在し、源信和尚の撰述かどうか疑わしいものも存在します。

たくさんの書籍の中で、一番有名なのが『往生要集』という書物になります。この本を初めてとして、源信和尚の本はたくさん存在しますが、その根底には阿弥陀仏への信仰が流れていると言えます。この本は44歳の時に完成したもので、実践的な内容が記され、浄土信仰をよく表している。簡単に申し上げますと、「厭離穢土・欣求浄土」といい、迷いのこの世界を離れるべきことを述べられて、次に阿弥陀仏の浄土を求めるべきであると勧められます。その中でも一番の中心は、念仏について述べられています。比叡山であれば様々な修行があったにも関わらず、正しく修すべきことは念仏であると述べられています。

それは自力の念仏ではなく、阿弥陀仏への信仰が根底にながれているので、阿弥陀仏を念じ、思い描くことを勧められています。天台宗の立場に立場ながら、源信和尚が説かれたのは、念仏によって阿弥陀仏に救われていく道を明らかにされました。それが、従来の日本浄土教にはなかった阿弥陀仏の御本願(お心)を明らかにしてくださいました。

源信和尚の功績

源信和尚の功績の1つに、阿弥陀仏の報土の中に真実の報土と化土とを分ける報化二土という見方があります。

『菩薩処胎経』によると、西方のかなたに懈慢界という世界があり、阿弥陀仏の浄土に往生したいという願いを持った人が生まれる世界がある。それが浄土ではないということです。その懈慢界では、楽しみにとらわれて浄土に生まれる人は億千万人に1人にすぎない世界であると説かれます。その『菩薩処胎経』の意味を源信和尚が解釈するには、懈慢界に生まれるのは念仏以外を行ってきたものが生まれる世界であって、すぐに浄土に生まれる人は阿弥陀仏の浄土を願い念仏を称えてきた人だけであると述べられています。

この浄土を真実の報土、懈慢界を化土と明らかにされて、念仏を勧められました。それを専修・雑修。専信雑信と対比して言われます。

今では「南無阿弥陀仏』のお念仏が当然のことのように思いますが、当時の天台宗の立場から念仏を1番に勧められたことが、他の僧侶にはなかった源信和尚の功績でした。

親鸞聖人が源信和尚を七高僧に選定した理由

七祖の選定した理由に、

ポイント

①阿弥陀仏の本願に生きられた人
②書物を残して阿弥陀仏の教えを広めた人
③阿弥陀仏の本願について、真意を明らかにされ解釈した人

という点から考えると、源信和尚は阿弥陀仏の浄土の中に真実に報土と化土があるとし、念仏によって真実報土に生まれていくと広められました。

親鸞聖人の記された正信偈の中には「源信広開一代教 偏帰安養勧一切」とあります。

ですので、親鸞聖人が七高僧の源信和尚の選定理由として

①天台宗の立場でありながら、一番は阿弥陀仏の本願に生きられた
➁『往生要集』を記し、阿弥陀仏の教えが根本に説かれている
③報化二土を明らかにし、念仏によって真実報土に生まれ、その他の行では化土に生まれ浄土に生まれるものは少ないことを明らかにされました。

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